たまおのブログ

たまおです。

その日の天使(The Day's Angel)

このネタ個人的にもblogやら何やらでいままで何回も書いてきてるんですけど、好きなのでまた書きます。

 

今は亡き中島らもという人のエッセイの中に「その日の天使」というのがあります。

 

この人はアル中でヤク中のどうしようもない、けれど愛すべきおっさんだったのですが(いつか気持ち良く酔っ払って階段でコケて知らない間に死んでたらいいな、みたいなことを言っていたと記憶してます。そして実際その通りに亡くなりました)、とても温かくて美しい文章をたくさんたくさん残されていて、かつての私もずいぶんと彼の作品に励まされたものでした。

 

で、表題の「その日の天使」。

 

詳しくはググっていただければ収録されている本や本文が見つかるかと思うのですが、ざっくり言うとこんな感じです。

 

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死んでしまったジム・モスリンの詩にある「The day’s divinity, the day’s angel」という言葉。これを自分は「その日の神性、その日の天使」と受け止めている。

 

一人の人間の一日には必ず「その日の天使」がついていて、それは少女や子どもや生まれてすぐに死んでしまった犬や、とにかく様々な容姿を持っている。それは心も体も元気な時は目に見えない。けれど絶望な気分に陥っている時、こんなことがある。いきなり思いがけない友人から電話がかかってくる。またはふと見かけた一葉の絵に励まされることがある。それは、その日の天使なのだ。

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このエッセイのオチはある時追い詰められてどうしようもなくなった筆者が、ふと耳にしたバカバカしくも軽快な石焼きいものおっさんの歌に救われた…というものなのですが、実際こういうことってあるんですよね。私もこれまでに「もうダメかもしれん…」と思った時、見知らぬ土方のおっさん(!)に言われたひとことに救われたことがあります。本当に、天使というものはこちらの予想もつかない姿で現れるものなんだと思います。でも、必要としている時にはそれは必ずわかるもの。

 

ものを書く仕事を始めて思ったのは、自分の書くものがたった一度でもいいから「誰かの天使」になれればいいなということでした。これからまだまだたくさんの文章を、言葉を連ねていくつもりなのですが、それがどういう形のものであれ誰かの心に残るものに、誰かを救うものになれたらとてもうれしい。

 

それがいまの、たくさんある私の夢のうちのひとつです。

恵みの雨、あいにくの雨

今日は久しぶりの雨でしたが、今年は空梅雨みたいですね。からつゆ。『梅雨』って単語というか漢字は綺麗で好きです。梅の雨。なんで梅なの?と思ったら、『梅の実が熟す頃に降る雨』っていうのと、『黴(かび)の多い時期の雨=黴雨(ばいう)が、同じ読みで違う漢字に転じた』説があるそうです。ってグーグル先生が言ってました。いま調べた。


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さて、タイトルです。よく見かける言い回しではありますが、先日ふとその単語が目に入って改めて、そうなんだよな…と思いました。

 

雨が降ったら、

 

遊園地に行こう!とか、今日は野外ライブだ!という人にとってはあいにくの雨。でも、ダムが水不足で…とか、そろそろ雨降ってほしいケロ…とか思っている誰かにとっては恵みの雨。ひとつのできごとが、受け取り側よってマルにもバツにもなるわけです。当たり前のことですけど、それが当てはまるものごとというのは決して少なくない…というより、ほとんどがそうなのかもしれません。

 

『想像力』って大切だなとよく思います。それは自分がものを伝える立場としてめちゃくちゃ気をつけていることでもありますが、普段の生活でもすごく重要なんじゃないかという気がします。想像力と、状況を客観視できる力でそこそこ多くのトラブルは回避できるんじゃないかとすら思ってます。

 

もちろんなんでもかんでも気を使いすぎる必要もないし、主張するべきことはしたほうがいいと思うんですけど、例えば最近流行り(?)の炎上記事とか広告なんかは、「いやこれちょっと考えたらどう思われるかわかるだろ…」とは思います。最初から炎上を狙ってるなら知らん。でもなにかを貶めることで誰かにウケるものよりも、ポジティブになれる情報を自分は見たい。

 

ということでこの時期、よーしお出かけだ!という日に土砂降りになったら、「どこかのカエルちゃんが喜んでるからまあいいか…」と思うことにします🐸

ソーシャルゲームの終了について思うこと

これはメディアとしてではなく私個人が思ったことですが、いちおう書き残しておこうかな思います。(というかそのためのblogでもあるのでした…)

 

あんさんぶるガールズ!!』のサービス終了が発表されました。私が関連作品(『あんさんぶるスターズ!』)の記事を担当していることもあり、このことを知ったときはかなりのショックを受けました。というかこれを聞いたのがうちで『あんガル』を担当しているハラダ氏と取材帰りで食事しながら真面目に仕事の話をしているときで、そこからはもうお互いめちゃくちゃ言葉数が減りました。なにかもう、つらいね…という感じで。

 

コンシューマーゲームと違って、いま稼働しているソーシャルゲームの多くには「エンディング」がありません。でもそれが人の手で動かされているものである以上、いつかは終わりが来る。その苦渋の決断の辛さはこの業界にいて嫌というほど知っていたことなのに、それをあらためて目の当たりにして衝撃を受けたという感じでした。

 

私個人は、作り手の愛情の込められていないゲームなんてこの世に無いと思っています。私の知る限りでは、ゲームづくりに関わる人たちは皆お客様に喜んでもらいたいという気持ちで作品を届けている。だからと言って「彼らもつらいからわかってあげて」などと言うつもりはありません。ただおそらくあらゆる話し合いはされたはずだし、あらゆるやり方も検討されたはずだと思います。きっとベストは尽くしたけれどこういう結果になってしまった。であればこれはもう受け手側としても、後悔のないようにするしかないのかなと思いました。もっと遊んでおけば良かったとか、応援する気持ちを伝えておけば良かったということのないように。

 

人との出会いと同じで、こういうのも縁のひとつのような気がします。それが無くなってしまったら、そこにあった思いも行き場が無くなってしまう。だから常にある種の覚悟をもって、そして思いや愛はちゃんと届けて生きていきたいなと思いました。

 

なんかやたらと壮大なまとめになってしまいましたが、正直なところそういう感じです。

スケートが好きーという話

タイトルはシャレっぽくしたかったのになりませんでした。というわけで実はフィギュアスケートが好きです。

 

最初は女子を観てました。音楽も衣装も美しいし、単純に観ていて楽しいなーと。男子は衣装も地味だし(そうでもない人もいますけど…)みんな同じに見えるし別にとか思ってたんですが、ある時ふと観た試合でそのジャンプの迫力とかスピードに改めて驚かされて、「そうだこれスポーツだったアスリートすげえ!!」と、そこからは男子フィギュアを主に観るようになりました。ちょうど羽生がシニアに上がるとかそのくらいだったかな?なのでそこから7年くらい、いわゆるスケオタをゆるくやってます。

 

生観戦するようになったのはここ数年ですが、もしスケートは好きだけど生で観たことがないという方がいらっしゃるならこれは本当にオススメしたい。生だとまず音がやばい。TVでもたまに拾われますが、氷を削る音、着氷の音(いつだったか聞いた無良の着氷の音にはびっくりしました。ドゴーン!!っていってました)、脚を上げるときらきら光るブレード、あと「さっきまでここにいたのにもうあっちの端っこにいる!!」スピード感。それらはやっぱり生でこそのものだなあと思います。

 

ここでもやっぱり私は「みんな違ってみんな好き」なんですが、特に好きな選手といえば、知ったのはすでに引退したあとだったんですがジェフリー・バトルです。決してジャンプが得意な方でないけれどスケーティングが美しくて、音楽の表現力がすごいんです。あとこの人はたぶんリズム感がとても良くて、音ハメが気持ちいい。なのでアスリートというよりダンサー的な意味ですごく好きです。

最近は振付師で活躍されているのもうれしい。そりゃそうでしょうよ、選曲も振付もセンスの塊でしかないんですよ…ちょうかっこいい…。ちなみにこの人プレイリスト1万曲以上持ってるらしいです。そういうところもプロフェッショナルでとても好き。でもあの板前みたいな髪型はやめてもうちょっと伸ばしてくれてもいいのになとも思います。パートナーの趣味なんだろうか…。

 

というわけで一番最近では、そのバトルさんも出演の『Fantasy on Ice2017』(幕張)を観に行ってきました。

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▲開演前です。ショーは照明がきれい

 

バトルさんも最オブ高でしたが、今回「やっぱ好き…」と思ったのはアイスダンスの通称カペラノ、カッペリーニ&ラノッテ。この人たちには気づいたら観るたんびに号泣させられてるんです…ラノッテのチャップリンはさ…ずるいんですよ…。このふたりは観ていて幸せな気持ちになるなあと改めて思いました。あと今回は、プルシェンコによる伝説の『Sex Bomb』を、肉襦袢に金パンツという正装で生観戦できたのが胸熱でした。まさか観られるとは思わなかった。ご存じない方はぜひおググりいただければ幸いです。

 

シーズン始まったら(10月~)、この手の記事が増える…かもしれません。

おまえの人生という映画はハッピーエンドなのか?

このタイトルちょっとかっこよくないですか?かっこつけすぎですか?いや厳密に言うと私のオリジナルじゃないし元のセリフは正確にはちょっと違うんですけど…。

 

家の近所のバーのマスターが(適当なことも言うんですけど)時々ピンポイントにちょっとしたヒントをくれるんです。最近珍しく仕事のことでちょっと悩んでいるというか迷っていることがありまして、そんな私にかけられたのがこの言葉。

 

「たまおさん、あなたの人生を映画にしたらハッピーエンドだと思いますか?そうだとしたら、不安になることなんてないはずですよね。トム・クルーズの映画を観ていて、途中で心配で仕方なくなることなんてないでしょう?めでたしめでたしの結末になることがわかっているんだから」

 

なにかを成し遂げようとするときには覚悟がいります。それと同じくらい幸せになろうとか成功しようということにもたぶん覚悟がいるし、夢はそれを叶える覚悟ができた人のところにこそ、そのチャンスが訪れるものだと思うんです。

 

こうなると決めてしまえば人生はその通りに動いていくし、世界も変わっていく。それは本当のことだなと思います。少なくともこれは私がずっと信じ続けていることで、同時にいつも実感していることでもあります。だからいつも 、自分がいまどのシナリオを進んでいるかの確認と自信が必要だと。

 

このフレーズ大変気に入ったので、いつか私がシナリオ書いたり作詞とかした暁にはどこかで使っていきたいと思います(*ノω・*)テヘ

キャラ語りを語る

本業の方で、いわゆる『キャラ語り』とか『考察』的な記事をよく書いています。あれは読んでくださる方が増えていくにつれて楽しみもあるけどプレッシャーもめちゃくちゃすごいことになっていて、それでもやっぱり書き上げた瞬間は「やった…!」って気持ちになります。わかる人にはわかると思いますが解放感すごい。出来はこの際置いておいて…。

 

キャラ語りはよそのお宅(メーカーさん)で生まれて大切に育てられたお子さん(キャラクター)と過ごさせていただいて、そこで見えてきたその子のいいところをたくさんの人に伝える、そんな感じのイメージで書いてます。

 

だからその中で嫌いなキャラというのは生まれようがなくて、もし私が書いたものでその子に対する愛情が感じられなかったとしたら、それはただの私の力不足です。それだけは誤解されたら悲しいなあと。なんというか学校の先生のような気持ちって言うんですかね…クラスの子、みんな愛しいみたいな。

 

ちょっと夢のないことを言いますが、ゲームに出てくるのは『キャラクター』で、『生きている人間』とは違います。でも彼らがどれだけ愛されて生まれてきたのかを思うと、そして生まれてからどれだけたくさんの人に愛されているのかを思うと、やっぱりそれは生きている人間となんら変わりはないよなあとも思います。

 

私の好きな『あんスタ』の中のセリフにこんなものがあります。

 

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これはもう本当にそうで、『キャラ語り』とか言って書いてますけど別にこれがすべてじゃないんだよな~といつも思うんです。

 

私の書く『いいところ』なんて彼らのほんの一部で、さらに受け止める人によってその良さや複雑さは、それこそ何通り、何百、何千通りもあるんだと。だから読んだ方からこちらがうれしくなるような感想をいただくたびに、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになったりもします。(いやでもご感想は本当に本当にうれしいので、これからもぜひたくさんいただけたらと思いますщ(゚д゚щ))

 

私は、ゲームやものづくりに関わるすべての人を尊敬しています。よくクリエイターの友人とも話すんですけど、「愛のない作品なんて世に出す価値がない」よねと。ありがたいことにいま自分が関わらせていただいている作品たちは、作り手の方たちの愛情がたくさんたくさん詰まっています。だから自分もなにかを書くときは、これからもそれに負けないくらいこれでもかと愛情を込めて書いていきたいなと思っています。

 

 

…なんかちょっと真面目に語っちゃったんで、そろそろ次回以降はゆるいネタも投入したい所存。

夜歩く

前にTwitterでこんなことを書いたんですが、

 

睡眠時間は長いほうがいいくせに夜更かしすることが多いです。家で作業をすることが多いんですが、夜型人間なので日中よりも圧倒的に夜中の方がなにかを書くのは捗ります。静かだし、雑念が少なくなってくるというか…。

 

テレビを消して、時には音楽を聴きながらただ机に向かったり考えごとをしたりしているときの「いま世界中で自分以外誰も起きてないんじゃないか」っていう感覚になるあの空気が好きなんです。寂しいな~と思うんですけど、基本的に普段は楽観主義者で落ち込むことがあまりないので(落ち込んでも復活がめっちゃ早い)、この感じが自分にはたまに必要なのかなあと。

 

タイトルはなんとなく思い出した横溝正史先生の小説なんですが、すごく面白かった記憶。ミステリ好きの方におすすめです。とかいいつつ内容はさっぱり忘れてしまいました←

 

夜が好きです。でも怖がりなんで外は出歩きません。