たまおのブログ

たまおです。

キャラ語りについて語る(終)

本業のほうでやっていた『あんさんぶるスターズ!』お誕生日キャラ語り…について語る最終回。最後にするつもりなのでこれまで以上にだらだら書きます。過去記事はこちら。

 

キャラ語りを語る - たまおのブログ

キャラ語りを語る2 - たまおのブログ

 

2015年10月に企画開始して丸2年。今日公開した記事をもってシリーズを終了としました。

 

数えてみたら1年目は32本、2年目は41本ということでまあ2年かけたとはいえよく書いたなと思いました。お疲れ私。いやもう本当に、正直言ってめちゃくちゃ体力と気力を使う記事でした。

 

過去記事にも書いてますが、これはもともと『あんスタ』ゲーム内でお誕生日を祝うシステムがなかった頃、「うちでなにか代わりができないか」とHappy Elementsさんに直接持ち込んだ企画でした。ゲーム自体は2015年春ローンチでしたが、うちのファンページが開設したのがそのあとの7月だったため、もろもろ準備があって10月のスタートとなりました。最初の記事はいまほど“語って”いませんが、すごく緊張したのを覚えてます。反響ぜんぜんなかったらどうしよう…とか言って。

 

企画を提案した際は快くOKをいただき、これだけ好き勝手に書いていたにもかかわらず、ずっと見守ってくださっていたことは本当にありがたかったなと思います。余談ですが、以前ハピエレさんにお邪魔したときに制作チームのある方から「たまおさん!いつも読んでますよ!」と記事を楽しんでいることを伝えていただいたことは一生忘れません。

 

一部の読者の方から「やめないでほしい」とのお言葉もいただいておりますが、もともと私は公式の人間ではなくいちユーザーでもあること、またこういった私的な見解が(微々たるものだとは思いますが)読む方に影響を与えてしまうような気がして日々心苦しくなっていたこと、それからやっぱり3週目は正直きつい、というところでいったんこの形での記事は2周目で終了することにしました。なんせうちのメディアで女性向けタイトルのファンページを担当しているのは私ひとりなもので、企画から取材から記事からぜんぶ(壁紙作成とかデザイン系以外は本当にぜんぶです)をやっていると、なかなかひとつの記事に時間をかけられなくなっているというのもあります。

 

とはいえ思い出に残る記事はたくさんあります。また、自分なりに良く書けた/もうちょっとがんばりたかったというのは意外とキャラへの思い云々とは違ったりしていて(要するに推しの記事が一番出来がいいと思っているかというとそういうわけでもない)面白いなあと思います。

 

例えば…自分で書いて気に入っている文章で言うと、1年目の渉さんの「愛をポケットに忍ばせて出会う人みんなにプレゼントしてる」手品っぽいイメージとか、颯馬くんの「形を変えても永遠に沈まない月を守るひとりの武士」とか、宗さんのペトルーシュカとか「芸術とは~」のくだりとか、ああ1年目はひなたくん&ゆうたくんの記事を対っぽくしたくて苦戦したなとか…って少ないかと思ったら気に入っていること意外とあるな。手前味噌にもほどがあるんでそろそろやめときます。もっと上手く書きたかった記事も少なくはないんですけど、でも毎回全力で愛だけは込めまくって取り組んでいたのは本当なので、どれも思い入れは大きいです。

 

ちなみに2周目ホッケ~の記事の最後のところは、以前このブログで書いたシェイクスピアの詩を意識して書きました。たしかこの頃にはもう、2周目で終了を考えていたこともあって。

 

永遠に生きる方法 - たまおのブログ

 

その記事にも書いたんですけど、誰かがなにかをすごく好きだったり(あるいは憎んでいたり)したことは、文字や絵やかたちにすればそれが消えない限りずっと残る。特にこういうスマートフォン向けのゲームというのは人の手で動かされている以上いつかは終わりがあるもので、終わってしまえば気持ちの行き場もなくなってしまうかもしれない。だからそのとき思った感じたことを残せたのは、そしてこういう場を与えていただけて読んでくださった方がほんの少しでも喜んでくれたとしたら、こんなに幸せなことはなかったなと思ってます。うわ!なんか泣きそう!!

 

 

ということでキャラ語りは終了ですが、3週目なにもしないのも寂しいよね!ということで、別のかたちでの記事はやる予定です。壁紙は検討中。うちは大手のメディアさんほど情報は早くも多くもないですし、細かいところのフォローもできなくて大変心苦しいのですが、見てくださる方に少しでも楽しさやうれしさを感じていただけるよう、これからもがんばっていきたいと思います。

 

…とかかっこいいこと言っちゃって、やっぱりまた語りたくなった!なんてまた語り記事とかやることになったらすみません。たまおもほんと語り好きだねえ、と笑ってやってください。

 

今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。

 

『運営』は好きですか?

尖ったタイトルですがそういう感じ(?)の内容ではないです。個人的に日々思うことを少し書いてみたいと思います。

 

 

インタビューが好きです。よそのメディアの記事を読むのも好きですが、この仕事を始めて『する側』になるのは自分のひとつの夢でした。実際やってみて、これはやっぱり面白いなあと感じています。

 

と言いつつ仕事でする取材は事前に予習も必要だし、常に先を読んで話を途切れさせてはいけないし、面白い話を引き出しつつ、相手を嫌な気分にさせてもいけない…ということで、まだまだライター歴の浅い自分はいつもめっちゃくちゃ緊張します。それでもこれまでに私がインタビューさせていただいた方は皆さん本当にいい方ばかりで、むしろインタビューがいいものになるように助けていただいたこともたくさんありました。

 

制作の方や演者さんのインタビューをしていて幸せだなと思うのは、その作品に込められた思いをたくさん聞かせていただけることです。これもう本当に毎度感動していて、できればこの話ぜんぶ載せたい!知ってもらいたい!テープ起こしの原文まるごと公開したい!ってなってます(だから私のインタビュー記事はいつも長い)。さすがに実際は無理なので、泣く泣く削ったりしているところもあるのですが。

 

以前の記事(ソーシャルゲームの終了について思うこと - たまおのブログ)で、こんなことを書きました。

 

私個人は、作り手の愛情の込められていないゲームなんてこの世に無いと思っています。私の知る限りでは、ゲームづくりに関わる人たちは皆お客様に喜んでもらいたいという気持ちで作品を届けている。

 

これ、「そんなわけねーだろ」って言いたくなる方もいると思います。ひとつの作品には制作から宣伝から演者から何十人何百人という人々が関わっていて、その全員が全員作品に愛情持ってるかって言ったらそうじゃない人も実際いるかもしれない。というかおそらくいると思います。どこかには。

 

でも、フォーカスすべきはそこじゃないと思うんです。

 

たとえば人付き合いの中で、相手の悪いところばっかり見てたらしんどいじゃないですか。理想論かもしれませんが、誰かやなにかと向き合うときに「ここが嫌いだ」と思うよりも、「ここが良いな」と思って過ごす方がいい。私自身もいちゲームユーザーではありつつもメディアという立場になって、やらなければいけないと思っていることのうちのひとつが「彼らは作品にこれだけの愛情を注いでいる。受け手側に喜んでもらおうと、これだけのことを考えて作品を届けようとしてくれている」というのをいろんな手段で伝えることです。自分自身が話を聞いたり現場を見て、そう感じたことだから。

 

なにごとも「自分の目で見たものを信じる」べきだと常日頃から思っているのですが、たとえばそういう思いを込めたインタビューや記事を読んで、それでも「信じられない」「そんなはずはない」と感じられる方がいたとしたら、それはもう仕方がないなと思います。私はこう思った、でも読み手には伝わらなかった。単純に、伝える側である私の力不足なんだと思います。

 

仕事だから、本当はこうじゃないのに嘘を伝えなきゃいけない…というのは幸いにもいまのところありません。もしそういうことをやらなければいけない日が来たら、たぶんこの形での仕事はしなくなると思います。なのでこれからも続けられるかぎり、自分が感動したことを、読んでくれた方がちょっとうれしくなるようななにかを、お届けできたらいいなと思っています。

映画感想『ベイビー・ドライバー』(ネタバレなし)

映画クラスタの友人がこぞって絶賛するので観に行ってきました。
以下、感想にネタバレはありません。


▼あらすじ▼
幼い時の事故の後遺症によって耳鳴りに悩まされながら、完璧なプレイリストをセットしたiPodで音楽を聴くことで驚異のドライビングテクニックを発揮するベイビー(アンセル・エルゴート)。その腕を買われて犯罪組織の逃がし屋として活躍するが、デボラ(リリー・ジェームズ)という女性と恋に落ちる。それを機に裏社会の仕事から手を引こうと考えるが、ベイビーを手放したくない組織のボス(ケヴィン・スペイシー)は、デボラを脅しの材料にして強盗に協力するように迫る。(シネマトゥデイより)

 

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はい。

 

最っっっ高でした!!!!!

 

たとえば完璧に決まったダンスはその音楽が好みかどうか関係なく、見ているだけである種の快感を覚えるじゃないですかか。映像と音楽のシンクロ、いわゆる音ハメって無条件に気持ちがいい。この映画はそういう爽快感に満ちています。語彙力ない言い方ですけどロックもラップもR&Bも、選曲とかかる場面とタイミングが完璧すぎて「こいつぁセンスが良すぎるぜ…」と唸らされる。

 

編集とかノリノリでやってそうだなあ(実際は大変でしょうけど)、特にカーチェイスとかドンパチシーンは本当に最高。せわしないカット割に音楽がいちいちキマってて、キレッキレ&テンポ感良すぎて思わずにやけてしまう。全般的に笑える要素も多くて爽快なんですけど、終盤の緊迫感ありまくりの展開には思わず手に汗が…。終始「ああ、いま私はめちゃくちゃ面白い映画を観ている…」という喜びで満たされました。

 

ほかの方のレビューでもよく比較に出てきますけど、初めてタランティーノ映画(『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』あたり)を観た時を思い出しました。で、そこに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の音楽使いのセンスをさらに足した感じ。シリアスなところは『ドライヴ』も思い出します。映画好きならいろんな作品を挙げたくなると思います。

 

主演のアンセルくんはかわいいけど一見ぱっとしない見た目(本当に「ベイビー」という名前がぴったり)なんですけど、それがめちゃくちゃ良いんです。ケビン・スペイシーだのジョン・ハムだのジェイミー・フォックスだの、周りがこってこての出汁出まくりおっさん俳優(私は大好きです)だらけなので、余計にピュア感が…。といいつつ、私の中での本作のMVPはハムおじさんに差し上げます。実に美味しいハムであった…。

 

万人にはおすすめしづらい作風かなと思いますし、個人的には一番好きなジャンルではないのでオールタイムベストというわけではないのですが、間違いなくこれは今年のベスト映画数本の中には入るんじゃないかなあと思います。

 

予告編はちょっといまいちかな~と思うので、冒頭6分間のカーチェイス映像を載せておきます(公式提供ですがサムネがひどいような…)。もう6分どころか冒頭30秒くらいで「この映画好きだ!!!」ってなりました。気になった方はぜひ、レンタルではなく映画館で。なんなら立川の爆音上映とか最高に楽しいんじゃないかと思います。

 

www.youtube.com

 

www.babydriver.jp

キャラ語りを語る2

ちょっとだらだら書きたくなったので書きます。前回記事はこちら。

tamaoblog.hatenablog.com

 

どんな記事でもそうなんですが、公開する前はいつもすごく緊張します。とりわけ、私がやっているいわゆる『キャラ語り』記事はものすごく緊張します。私が書いているのはWeb媒体なので、ぶっちゃけ誤りがあったとしてもあとで直すことはできます。でも、「自分はこう思った」という表現の部分は直すことはできないししたくないので、そのとき出したものがすべてということになります。

 

こういう、自分の考えを媒体を使って出させてもらえるのはありがたいなと思う反面、ものすごく怖いなとも思います。ものごとの捉え方は人の数だけあるものだし、そうでなくても、自分の伝えたかったことが意図の通りに受け止めてもらえるとは限らないので。

 

『キャラ語り』に限らずですが、言いたいことがスパッと決まるときと、締め切りのギリギリまで延々と悩んでそれこそ数文字単位から数段単位で直しまくったりするときのどちらもあります。ご感想などを見ているとあまり差はない感じもしますが、やっぱり自分としては「スパッと決まった」時のほうが読み返していても面白いような気がする。いやそうでもないかな。でもやっぱり、手が無意識に動いたぐらいのときの文章は、あとで読み返して印象的に見えることは多いです。

 

とはいえ記事やキャラに対する愛情は本当にどれも変わりません。だらだら書いてますが結局言いたいのはそれです。だから、どんなに緊張しようと責任は取る(っていうのも変な言い方ですが)つもりで公開しています。ちなみにキャラ語りを熱量込めて書いた後はあんまり燃え尽き感は無くて、むしろ逆に「このキャラについて誰かとめっちゃ語り合いたい…!」ってなってます。たまにTwitterで「これ書いた人と飲み明かしたい」みたいなつぶやきを見かけることがあるんですけど、私もですよ!!と思ったりしています。

 

あと記事の反響的なものを見ていると、海外の方がRTしてくださることがとても多いんですが、これって内容も読まれているんでしょうかね…。私のこの、こねくりまわした回りくどい文章が理解されているのかどうかがやや心配ですが、広めてくださるのはありがたいことです。これからも精進していきたいと思います。

過去へのメッセージ

昔から書くことは好きだったので、いくつかblogをやってました。で、ふと思い立っていまでも残ってるそれを読み返していたら、10年前の自分の記事の中で10年後の自分(つまりちょうどいまの私)に向けてこう書いてあるのを発見。

 

「どんな風に過ごしているかな。どこに住んでる?楽しい?幸せ?」

 

で、それとともに10年前の自分に対しては

 

「いろいろあるけど元気にやってるから心配すんな」

 

ですって。

 

私はよく未来のことも考えますが、過去の自分について考えることもあります。過去を振り返るのではなく、過去の自分に向かってメッセージを送るって言うんですかね…いや、別にスピリチュアル的なあれではないんですけど。

 

生きていれば辛いこともあるし悩むこともあります。うれしいときはそんなこと考えないけど、落ち込んでいるときは「このままの状態だったらどうしよう」って不安になったりする。でも基本的に自分の問題は他人には解決できなくて、自分でどうにかするしかないんです。未来は自分の選択と行動次第だけれど、どちらに行ったらいいのか、このまま進んでいいのかと悩んで動けなくなることがある。

 

なので問題が解決したとき、あるいはいま幸せだと思える瞬間があったとき、私は過去の悩んでいた自分に向けて「とりあえず未来のおまえは無事だから安心しろ」って伝えるようにしてます。してます、って具体的に何かしてるわけじゃなくてそう思ってるだけなんですけど。でもなんとなく、本当になんとなくですけど、何か悩むことがあっても「未来の自分が大丈夫って言ってる気がする…」って思えるようになりました。思い込みばんざい。

 

落ち込んでると「誰も味方なんていないのかも」って思ったりすることもあるけれど、なにがあっても少なくとも自分だけは自分の味方で、そのときの自分がなんとか踏ん張ってくれたから未来の自分がいる。仮にさほどがんばらなくたって、変な話そのときただ生きていてくれたおかげでいまがある。そう思うと少しだけ楽になるような気がしています。

 

それにしても、10年前からまったく同じこと考えてたんだなと思ってちょっとびっくりしました。とりあえずいまは毎日ごはんが食べられてるしそこそこ幸せなので、安心してください>10年前の自分

最も美しい嘘

前回からちょっと間が空きました。ばたばたしてましたがようやく落ち着いた気がする。でもそういってここ数年落ち着いたためしがない。なのできっとこのままなのであろう。お仕事大好き\(^o^)/

 

というわけで表題です。今回も好きな言葉。

 

芸術とは最も美しい嘘のことである

――ドビュッシー

 

『芸術』とは人から生み出されるもので、自然から生まれたものではありません。だから作者という『人』を介している以上、正解は無いものだと思います。作り手が『ここまで』と思った時点でそれは完成するもの。

 

最近、『好きなことを仕事にすること』についてよく考えます。自分もそのひとりではあるわけで、その難しさと面白さにはいまだに日々翻弄されています。仕事だから妥協も我慢もあるし、完全に自分が満足するまで取り組むことはできないことが多いものです。

 

でも仕事ってある意味芸術みたいなもんだよな、とも思ったりします。それは誰かの手によって生み出されるもので、その価値の多くは受け取る側が決めるもの。だからというわけではありませんが、私は自分の作るものを受け取ってくれる誰かがいる以上、ギリギリまで力も心も尽くしたいといつも思っています。どんなものでも、その時の自分の生み出せる一番面白い『フィクション』を届けたい。それを読んでいる数分の間が、少なくとも無駄ではなかったと思ってもらえるようななにかを。

 

私はけちなので、言ってしまえば自分の費やした時間を無駄にもしたくないんです。もうちょっと格好良く言うと、それは自分を裏切らないということでもあるかもしれません。きっと大昔の芸術家も、命を削って一番美しい嘘を作り上げていたはず。一流の芸術と仕事を一緒にすんな、と思われるかもしれませんけど、何をするにしてもそういう挟持は忘れちゃいけない気がします。

 

なんかすっごいふわっとした書き方ですけど、『好きなことを仕事にすること』についてはいろいろ思うところあるので、たぶんまたそのうち何か書くと思います。ほんと難しいですよねえ、このテーマ…。

 

 

ところで前回のエントリー、公開後やたらと閲覧数とスター数が多かったのでどうしたどうした?と思ったら、はてな公式Twitterに紹介されていたんですね。そんなこともあるとは知らなかった。ネタには気をつけよう…(´-﹏-`;)

永遠に生きる方法

普段の仕事での私の記事を読んだことがある方ならご存知かと思いますが、自分は時々ちょっとポエム調というか、素面で読んだら我ながらこっ恥ずかしいかっこつけた文章を書いたりすることがあります。(実際夜中のテンションで書いたりすることもありますけど…)

 

今回はそんな自分が好きな詩をひとつ抜粋で書いてみます。いまの季節にもぴったりのやつ。

 

君を夏の一日と比べてみようか?

だが君のほうがずっと美しく、もっと温和だ。

(中略)

しかし君という夏は永久にしおれることはなく、

君の今の輝きも色褪せることはない、

君が死の影の谷を歩むことは死神も吹聴できはしない、

時間を超えた詩行の中に君が生きるならば。

 人が息づき、目が見えている限り、

 この詩は生き続け、この詩によって君も命を永らえる。

 

――ウィリアム・シェイクスピアソネット集』18番

(※岩波文庫『対訳 シェイクスピア詩集』より引用)

 

…いやもう最っっっ高すぎる。なにがいいって「人が息づき…」からのラスト。ほんとしびれる。

 

以前、とある記事にこんなことを書きました。

 

 「個人的にではありますが、芸術とは、人間の体という入れ物の中にある心や感情をすべて解き放ち表現するものだと思うのです。

絵画ならその一筆一筆に、音楽なら一音一音に、踊りならその動きひとつひとつにすべてを込める。芸術に対する感動とはその美しさだけではなく、それを作り上げた者が込めた想いに圧倒され、文字通り気持ちが揺さぶられるからなのではないかと思うのです。」

 

 作品に込められた思いや息遣いは人々が生きている限り、記憶の中にある限り残るもので、実際さっきの詩も書かれた瞬間よりはるか未来の私の心を動かし、その時代のその瞬間に生きていた人に思いを馳せさせることすらできる。人間が生きていられるたった数十年の、何倍もの時間を超えることができる。

 

なにかを表現すること、作り上げることの究極が、今回のタイトルの意味に戻ってくるような気がします。

 

ところでシェイクスピア別人説(何人かの共同のペンネームだった説)というのがあるようですが、そういうのも謎めきすぎて面白いですね。もちろん私は正真正銘一人です。明日からも仕事が山積みなのでがんばります\(^o^)/