たまおのブログ

たまおです。

キャラ語りを語る2

ちょっとだらだら書きたくなったので書きます。前回記事はこちら。

tamaoblog.hatenablog.com

 

どんな記事でもそうなんですが、公開する前はいつもすごく緊張します。とりわけ、私がやっているいわゆる『キャラ語り』記事はものすごく緊張します。私が書いているのはWeb媒体なので、ぶっちゃけ誤りがあったとしてもあとで直すことはできます。でも、「自分はこう思った」という表現の部分は直すことはできないししたくないので、そのとき出したものがすべてということになります。

 

こういう、自分の考えを媒体を使って出させてもらえるのはありがたいなと思う反面、ものすごく怖いなとも思います。ものごとの捉え方は人の数だけあるものだし、そうでなくても、自分の伝えたかったことが意図の通りに受け止めてもらえるとは限らないので。

 

『キャラ語り』に限らずですが、言いたいことがスパッと決まるときと、締め切りのギリギリまで延々と悩んでそれこそ数文字単位から数段単位で直しまくったりするときのどちらもあります。ご感想などを見ているとあまり差はない感じもしますが、やっぱり自分としては「スパッと決まった」時のほうが読み返していても面白いような気がする。いやそうでもないかな。でもやっぱり、手が無意識に動いたぐらいのときの文章は、あとで読み返して印象的に見えることは多いです。

 

とはいえ記事やキャラに対する愛情は本当にどれも変わりません。だらだら書いてますが結局言いたいのはそれです。だから、どんなに緊張しようと責任は取る(っていうのも変な言い方ですが)つもりで公開しています。ちなみにキャラ語りを熱量込めて書いた後はあんまり燃え尽き感は無くて、むしろ逆に「このキャラについて誰かとめっちゃ語り合いたい…!」ってなってます。たまにTwitterで「これ書いた人と飲み明かしたい」みたいなつぶやきを見かけることがあるんですけど、私もですよ!!と思ったりしています。

 

あと記事の反響的なものを見ていると、海外の方がRTしてくださることがとても多いんですが、これって内容も読まれているんでしょうかね…。私のこの、こねくりまわした回りくどい文章が理解されているのかどうかがやや心配ですが、広めてくださるのはありがたいことです。これからも精進していきたいと思います。

過去へのメッセージ

昔から書くことは好きだったので、いくつかblogをやってました。で、ふと思い立っていまでも残ってるそれを読み返していたら、10年前の自分の記事の中で10年後の自分(つまりちょうどいまの私)に向けてこう書いてあるのを発見。

 

「どんな風に過ごしているかな。どこに住んでる?楽しい?幸せ?」

 

で、それとともに10年前の自分に対しては

 

「いろいろあるけど元気にやってるから心配すんな」

 

ですって。

 

私はよく未来のことも考えますが、過去の自分について考えることもあります。過去を振り返るのではなく、過去の自分に向かってメッセージを送るって言うんですかね…いや、別にスピリチュアル的なあれではないんですけど。

 

生きていれば辛いこともあるし悩むこともあります。うれしいときはそんなこと考えないけど、落ち込んでいるときは「このままの状態だったらどうしよう」って不安になったりする。でも基本的に自分の問題は他人には解決できなくて、自分でどうにかするしかないんです。未来は自分の選択と行動次第だけれど、どちらに行ったらいいのか、このまま進んでいいのかと悩んで動けなくなることがある。

 

なので問題が解決したとき、あるいはいま幸せだと思える瞬間があったとき、私は過去の悩んでいた自分に向けて「とりあえず未来のおまえは無事だから安心しろ」って伝えるようにしてます。してます、って具体的に何かしてるわけじゃなくてそう思ってるだけなんですけど。でもなんとなく、本当になんとなくですけど、何か悩むことがあっても「未来の自分が大丈夫って言ってる気がする…」って思えるようになりました。思い込みばんざい。

 

落ち込んでると「誰も味方なんていないのかも」って思ったりすることもあるけれど、なにがあっても少なくとも自分だけは自分の味方で、そのときの自分がなんとか踏ん張ってくれたから未来の自分がいる。仮にさほどがんばらなくたって、変な話そのときただ生きていてくれたおかげでいまがある。そう思うと少しだけ楽になるような気がしています。

 

それにしても、10年前からまったく同じこと考えてたんだなと思ってちょっとびっくりしました。とりあえずいまは毎日ごはんが食べられてるしそこそこ幸せなので、安心してください>10年前の自分

最も美しい嘘

前回からちょっと間が空きました。ばたばたしてましたがようやく落ち着いた気がする。でもそういってここ数年落ち着いたためしがない。なのできっとこのままなのであろう。お仕事大好き\(^o^)/

 

というわけで表題です。今回も好きな言葉。

 

芸術とは最も美しい嘘のことである

――ドビュッシー

 

『芸術』とは人から生み出されるもので、自然から生まれたものではありません。だから作者という『人』を介している以上、正解は無いものだと思います。作り手が『ここまで』と思った時点でそれは完成するもの。

 

最近、『好きなことを仕事にすること』についてよく考えます。自分もそのひとりではあるわけで、その難しさと面白さにはいまだに日々翻弄されています。仕事だから妥協も我慢もあるし、完全に自分が満足するまで取り組むことはできないことが多いものです。

 

でも仕事ってある意味芸術みたいなもんだよな、とも思ったりします。それは誰かの手によって生み出されるもので、その価値の多くは受け取る側が決めるもの。だからというわけではありませんが、私は自分の作るものを受け取ってくれる誰かがいる以上、ギリギリまで力も心も尽くしたいといつも思っています。どんなものでも、その時の自分の生み出せる一番面白い『フィクション』を届けたい。それを読んでいる数分の間が、少なくとも無駄ではなかったと思ってもらえるようななにかを。

 

私はけちなので、言ってしまえば自分の費やした時間を無駄にもしたくないんです。もうちょっと格好良く言うと、それは自分を裏切らないということでもあるかもしれません。きっと大昔の芸術家も、命を削って一番美しい嘘を作り上げていたはず。一流の芸術と仕事を一緒にすんな、と思われるかもしれませんけど、何をするにしてもそういう挟持は忘れちゃいけない気がします。

 

なんかすっごいふわっとした書き方ですけど、『好きなことを仕事にすること』についてはいろいろ思うところあるので、たぶんまたそのうち何か書くと思います。ほんと難しいですよねえ、このテーマ…。

 

 

ところで前回のエントリー、公開後やたらと閲覧数とスター数が多かったのでどうしたどうした?と思ったら、はてな公式Twitterに紹介されていたんですね。そんなこともあるとは知らなかった。ネタには気をつけよう…(´-﹏-`;)

永遠に生きる方法

普段の仕事での私の記事を読んだことがある方ならご存知かと思いますが、自分は時々ちょっとポエム調というか、素面で読んだら我ながらこっ恥ずかしいかっこつけた文章を書いたりすることがあります。(実際夜中のテンションで書いたりすることもありますけど…)

 

今回はそんな自分が好きな詩をひとつ抜粋で書いてみます。いまの季節にもぴったりのやつ。

 

君を夏の一日と比べてみようか?

だが君のほうがずっと美しく、もっと温和だ。

(中略)

しかし君という夏は永久にしおれることはなく、

君の今の輝きも色褪せることはない、

君が死の影の谷を歩むことは死神も吹聴できはしない、

時間を超えた詩行の中に君が生きるならば。

 人が息づき、目が見えている限り、

 この詩は生き続け、この詩によって君も命を永らえる。

 

――ウィリアム・シェイクスピアソネット集』18番

(※岩波文庫『対訳 シェイクスピア詩集』より引用)

 

…いやもう最っっっ高すぎる。なにがいいって「人が息づき…」からのラスト。ほんとしびれる。

 

以前、とある記事にこんなことを書きました。

 

 「個人的にではありますが、芸術とは、人間の体という入れ物の中にある心や感情をすべて解き放ち表現するものだと思うのです。

絵画ならその一筆一筆に、音楽なら一音一音に、踊りならその動きひとつひとつにすべてを込める。芸術に対する感動とはその美しさだけではなく、それを作り上げた者が込めた想いに圧倒され、文字通り気持ちが揺さぶられるからなのではないかと思うのです。」

 

 作品に込められた思いや息遣いは人々が生きている限り、記憶の中にある限り残るもので、実際さっきの詩も書かれた瞬間よりはるか未来の私の心を動かし、その時代のその瞬間に生きていた人に思いを馳せさせることすらできる。人間が生きていられるたった数十年の、何倍もの時間を超えることができる。

 

なにかを表現すること、作り上げることの究極が、今回のタイトルの意味に戻ってくるような気がします。

 

ところでシェイクスピア別人説(何人かの共同のペンネームだった説)というのがあるようですが、そういうのも謎めきすぎて面白いですね。もちろん私は正真正銘一人です。明日からも仕事が山積みなのでがんばります\(^o^)/

俺の生き様が俺の死に様を決める

タイトルは好きな曲の歌詞からなんですけど、これだけでわかる方どのくらいいるんだろうか。正解はこちらです。

 

My lifestyle determines my death style.

(俺の生き様が俺の死に様を決める)

――メタリカ(『Frantic』)

 

普段洋楽は歌詞を意識して聴くことはあまり無いんですけど、このフレーズちょうかっこよくないですか?ジャ●ラック様がこわいのでたくさんは書けませんけど、この曲はほかにも「この恐怖は俺の中から生み出された」とか言ってて、それもう哲学じゃんねっていう…。

 

 死に様というと大げさかもですけど、未来を決めるのは間違いなく自分の選択や行動や意思であって、その船の舵を取るのは自分自身以外のなにものでもないのだと思います。最短距離でも、じっくりと時間をかけて目的地にたどり着いてもいいし、途中で行き先を変えたっていい。すべては自分次第。ともあれ、良い旅だったと言える航海にしたいなあと思います。

 

邦楽でも有名なあの曲にありましたが、「おまえのオールをまかせるな」ってことなんですねたぶん。あっ、そろそろ本当にジャス…様がこわいのでこのあたりで。 

『好きなセリフ/フレーズ』はじめました

映画や小説やゲームの中のセリフ、音楽の歌詞で好きな一節があります。それを書き残しておくためのカテゴリを作りました。どっちかというと自分用メモでもありますが…。

 

というわけで今回はこちら。

 

「脚本を書くという作業は海に飛び込むようなもので、『衝動』という救命艇がないと死んでしまう。『書きたい理由』に必死でしがみつけ!」

――映画『Re:LIFE~リライフ~』より

  

 ちょっとこれ、まず映画のあらすじを書いておきますね。

 

主人公はヒュー・グラント演じるかつての売れっ子脚本家。いまではすっかり落ちぶれてしまった彼は、仕方なく田舎の大学の映画脚本のクラスで教鞭をとることになります。そこには「これから」の若者たちと「やり直し」の大人(主人公含め)がいる。まったくやる気のないダメ男だった彼ですが、皆とふれあううちに次第に変化が訪れて…というお話です。

 

脚本クラスが舞台だけあって良いセリフがこれでもかと出てくるんですが、中でも一番刺さったのが上の一文。私自身も物書きだからというのもあるとは思いますが、これ、どんな職業や夢にも当てはまるんじゃないかと思います。

 

ものづくりだとわかりやすいんですけど、なにか作品を作り上げようとしたり、夢を叶えようとしたりするには、それが大きければ大きいほどその分時間がかかる場合もあると思います。そうなると気力も体力も使うし、長期戦になれば次第に息切れもしてくる。すると「なんでこんな苦しい思いしてるんだっけ?」ってなることもあると思うんです。

 

そんな時にはなぜ自分がこの道を進もうと思ったのか、その想いと理由を思い出してみる。それがあれば、どんなに泳ぎ疲れても決して溺れることはないのだと。

 

この映画自体はオスカーを獲るような大作ではないしそこまで話題になった作品ではないんですけど、キャストやスタッフを見てもわかるとおりめちゃめちゃ安心感ある布陣です。びっくりするような奇抜なものではなく、おうちで作ってくれるお母さんの料理みたいなほっとする味。

 

でもこういうあたたかくて心地いい、じんわりした感動を生み出せる人に私もなりたいと思っています。

www.relife-movie.com

準備はいいか?

ちょっともう…6月が終わりますよ…てことは今年の半分が終わったということですよ…。早すぎてびびる。どうりで「今年の下半期の星占い☆」とかよく見かけるようになったはずですね…。

 

というわけで早くも明日から7月、今年の後半に突入です。

 

個人的な話ですが、去年から今年は公私共に激動もいいところで、常に数ヶ月先の自分の姿がまったく想像できない日々を送っていました。ていうかぶっちゃけいまも若干そう。うひーこわい。会社には所属しているのでそういう意味では安定かと思われそうですけど、まあいつどうなるかなんてわからないですからねこの業界…。

 

私は仕事は大好きですが社畜ではないので、正直言って書きたいものが書ければどこでもなんでもいいと思っています。でも書いたものはたくさんの人に届いたらうれしいし、読んでいただけたらうれしい。だからいまの環境でものを書かせていただいていることにはとても感謝しています。今年の前半は、そういう意味では本当に幸せでした。もちろんいいことばかりではなかったですけど、楽しかったこととかうれしかったことでぜんぶ帳消し(単純)。

 

前に「チャンスが訪れるのは夢を叶える覚悟ができた時」みたいなことを書きましたが、覚悟もそうですけど準備も必要なんだなと思うようになりました。準備ができて初めて覚悟もできるのかなと。準備というのは日々の努力だったり仕事だったり勉強だったりするもので、覚悟というのはたぶん「自分にはそれができる」と、自分自身の力を信じることなんじゃないかと思います。

 

そんなわけで後半戦。年の暮れ、また半年を振り返って「いろいろあったけど楽しかった」と思えるようにがんばりたいと思います。